この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(第1話)
複雑な家庭で育ち、結婚に夢も希望もない藤川 千紗、30歳独身。特定の恋人もつくる気がない千紗は、相手をころころ変え一時的な恋愛を楽しんでいる。
そんなある日、探偵事務所の相談員として働いている千紗は、友人の旦那の浮気調査をすることになり…
結婚や人生に悩む女性に贈る、オリジナル小説。
前作「理想じゃない恋のはじめ方。」はこちら
私の恋愛観
「彼氏がいないなら、また会えるよね?」
目の前でワイングラスを揺らす男が、期待を込めた瞳で私を見つめる。如何にも慣れてますって顔が、女性の扱いは心得ていますって態度が、正直うざい。こういう男は後腐れなさそうに見せかけて、粘着するタイプだ。
「1回会った人とは、もう会わないことにしてるの」
「どうして?」
「どうしても」
「理由を言ってくれないと納得できないな」
ほら、しつこい。
「一期一会を楽しみたいから」
「1回会っただけじゃ、何も分からないだろ」
あなたがハズレってことだけは、分かるけどね。がっかりした気分で1万円札をテーブルに置き、席を立つ。
「先帰るね」
「待てよ、俺の連絡先を渡すから。気が向いたら電話して」
「要らない」
「ったく、可愛くねぇーな。そんなんだから彼氏ができないだけじゃないの?」
本当、うざったい。何様なの、こいつ……。
彼氏?そんなの必要ない。私はその日、その時だけの相手と恋愛が楽しめたらいいの。誰かと真剣に付き合うなんて、真っ平御免よ。
――――ずっとそう思っていた。彼に出会うまでは。
探偵事務所
「一体、いつまで待たせる気……?」
自動車内で待機中の私は、思わず悪態をついた。運転席にいる仲西(ナカニシ)さんが眠そうにあくびをする。
「3時間越えか。平日の昼間っからご苦労なこったな」
「本当よ、さっさと出て来て、さっさと証拠を取らせて欲しいわ」
「そう簡単にいくかよ」
「あ、待って。出て来たかも」
私たちが待機している車から、20メートルほど離れた先にラブホテルがある。そのホテルのエントランスから対象のカップルが現れた。気付かれないようにカメラを構える。
「(決定的なのを、お願いよ……)」
私の願いが通じたのか、ホテルから出て来た不倫カップルは白昼堂々のキスを始めた。
「これで言い逃れできないね」
「さすが、うちのエース・藤川千紗(ふじかわちさ)は、運が良いな」
「効率が良いって言ってよ」
都内でありながら自然の豊かさを感じられる場所に建つ商業ビル。その3階にある総合探偵事務所が、私の勤め先。尾行・張り込み・聞き込みなど調査に出るのは良いけど、クライアントに報告する時は少し気が重い。
「調査報告をしますね。ご主人は〇月〇日の〇時から約3時間半に渡って女性とホテルで過ごし……」
「嘘よ、信じないわ」
「こちら、証拠の写真です」
決定的な写真を見たクライアントは、体を震わせて泣きだした。
「こんなの、酷い……」
「裁判になった場合、証拠は多ければ多いほど有利になります。もう少し調査を続ける場合は、」
「あなたね、こんな酷い写真を見せておいて、思いやりの言葉1つかけられないの!?」
でた。八つ当たりパターン。怒りの矛先をこちらに向けられてもね……と、心の中で溜息を吐く。憎むべきなのは不貞をした夫、もしくはその相手であって、その2人を裁くための調査なのに。
大体、浮気されたからって何だっていうのよ。婚姻関係にあるってだけなのに、自分が1番だって思い込むから傷つくんでしょ?
「結婚なんてするから、そんな思いをするのよ……」
「え?」
やばい、つい口に出してしまった。作り笑顔を浮かべたところでタイミングよく電話がかかってきたので、後はカウンセラーに任せることにした。
「はい」
『もしもしぃ~千紗? 私、綾香(あやか)。ちょっと今から会えないかな?』
◆
友達の旦那
指定されたカフェへ行くと、先に着いていた綾香が手をあげた。大学時代の友達で時々ランチをしたりする仲だけど、急に呼び出されるのは珍しい。
「久しぶり、どうしたの?」
「うん、実はねぇ……。旦那くんが、浮気してるみたいなの」
あぁ、なるほど。そういう用件か。綾香の旦那とは、結婚式の時と家に遊びに行った時の2回会ったことがある。どちらかといえば綾香の方がベタ惚れで、仲は良かったはずなのに。
「何か怪しいと思うことがあるの?」
「ん~。帰って来るのが遅かったり、スマホにロックをかけるようになったり、」
「それは怪しいね」
「やっぱりそう思う?あとね、最近そっけなくなった気がするのぉ」
悲しそうな表情を浮かべる綾香は、胸元まである髪の毛を指にクルクル巻きつけた。派手なストーンが付いたネイルが目立つ。
「休日出勤や出張が増えたりは?」
「んっ! そういえば、今月はもう3回も出張に行ってる」
「見慣れない下着があったり、香水を変えたり、外見に気を遣うようになったりは?」
「下着は、どうかなぁ……」
綾香はいわゆるお嬢様ってやつで、実家はかなりの資産家らしい。ハウスキーパーが洗濯をするから、旦那の下着なんて知るわけないか。
「あ、でも香水は変わったかも」
「疑える要素は揃ってるね。どうする? 調べようか?」
「お願い!費用はいくらでも出すから」
「分かった。じゃぁ、後でまた事務所に来て」
頷いた綾香は、私に話してホッとしたのか、デザートのメニューを開いた。いつもダイエット中と言いながら、甘い物に目が無い。
「ところで、千紗は? 良い人できた?」
「私のことはいいよ、聞かなくて」
「またそんなこと言ってぇ。一生独身でいるつもり~?」
「先のことはまだ考えてないよ」
「考えなきゃダメだよぉ、私たちもう30歳なんだから」
悪い子じゃないんだけど、綾香って時々お節介。女の幸せは好きな人と結婚して子供を産んで育てることだと信じて疑わないタイプ。その価値観はむしろ一般的だと思うけど、考えを押し付けないで欲しい。
というか、私は非婚主義者なの。いい加減察して欲しいよ……。
◆
浮気調査開始
「ビル、高っ」
綾香の旦那が勤める会社は、外資系企業が多く集まるオフィス街にある。その中に紛れても違和感がないようパンツスーツに身を包んだ私は、綾香から聞き出した情報を頭に叩き込んだ。
対象者は、伊野 悠真(いの ゆうま)32歳。身長は176㎝、体重74kgの中肉中背、髪型はやや癖のあるショートでおでこを出している。
銀色の細フレーム眼鏡、濃紺のスーツ、茶色のカバン……。
「(出て来た)」
顔は元々知っていたので、ビルの入り口ですぐ見つけることができてホッとする。そのまま綾香の旦那が通り過ぎるのを待って、尾行を開始した。
只今の時間、午後7時。綾香には今日も残業と言っていたらしいけど、会社に戻る様子がないからどこかへ行くのだろう。
「(女と会うのかな? それとも人には言えない趣味があるとか?)」
あれこれと想像しているうちに好奇心が芽生えてくる。何かしら綾香に内緒にしていることがあるのは、間違いなさそう。
彼はカフェや本屋でしばらく時間を潰したあと、ホテル街へと向かった。
「(やっぱり女か……)」
思ったよりは、あっさりと尻尾を見せられて拍子抜けする。案の定、女性と合流した綾香の旦那はホテルの中へと入って行った。
――――と。
なぜかすぐにホテルから彼1人で出て来た。そして、まるでここに私がいることを知っていたかのように真っすぐ向かって来る。どうしよう? 尾行がバレてた?
「綾香の友達ですよね?」
想定外の動きに驚き、挙動不審になってしまう。
「あっ、あの、私は……」
「綾香に頼まれて僕の調査をしているんでしょう?」
ダメだ、完全にバレている。調査員としてあるまじき失態を恥じていると、綾香の旦那は「違うんです」と手を振った。
「綾香があなたに依頼するであろうことは初めから分かってました」
「そうなんですか?」
「えぇ、分かっててわざと尾行しやすいように歩きました」
「あの、」
それってどういうつもりで?そう聞こうとするよりも先に、彼は予想外のことを口にした。
「綾香と離婚したいんです。僕に協力してくれませんか?」
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この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(第2話)
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