【連載小説】理想じゃない恋のはじめ方。(第1話)

仕事も恋愛も理想通りに叶えてきたアラサーOL、高杉 汐里。 信頼していた恋人に裏切られ、自分の存在価値を見失う汐里。そんな時、幼馴染と偶然再会した汐里だったが… 仕事も恋愛も一生懸命に頑張っている大人女性に贈る、オリジナル恋愛小説。

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【連載小説】理想じゃない恋のはじめ方。(第1話)
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あいのさくら

ライター

ヘアスタイリストとして働く傍ら、オリジナル小説を執筆。恋愛を中心に幅広いジャンルを書いています。書籍化経験あり。読者の方に共感して頂けるようなストーリー作りを心掛けています。

理想じゃない恋のはじめ方。(第1話)

仕事も恋愛も理想通りに叶えてきたアラサーOL、高杉 汐里。

信頼していた恋人に裏切られ、自分の存在価値を見失う汐里。そんな時、年下幼馴染と偶然再会した汐里だったが…

仕事も恋愛も一生懸命に頑張っている大人女性に贈る、オリジナル恋愛小説。

私の恋愛

新作のハイヒールを試着する時は、いつもワクワクする。

履いているだけでカッコいい女に見せてくれる9センチヒール。

例え、それが自分に似合っていなくても、問題はない。

似合う自分になればいい。

そう思っていた。

 

 

チク、タク、時計の音がやけに大きく聞こえる。

緊張感に包まれる会議室中、それまで黙っていた新実(にいみ)課長が口を開いた。

「今回のプロジェクトは高杉(たかすぎ)の案で行こうと思う。いいな?」

次の瞬間、同僚たちの視線が私に注がれる。

「高杉から何か一言」

「最善を尽くしますので、どうぞよろしくお願いいたします」

やった……、通った……!

徹夜で資料を作った甲斐があった。解散となった会議の片付けをする傍ら、喜びを1人噛みしめていると、

「高杉先輩!」

後輩の旭日(あさひ)が、駆け寄って来た。ハリのある肌とキラキラの笑顔が眩しい。

私より8歳下だから、26歳?まだまだ徹夜も平気な年齢か。あとで、美容ドリンクを飲もう。

「さすがです! 私、一生先輩に付いて行きます!」

「ありがとう」

可愛いやつだな。旭日にもドリンクを奢ってあげよう。

「そういや、先輩。この前話していたレストラン行きました?」

「あぁ、あの海沿いのレストラン?行ったよ」

「いいなぁ~。彼氏と行ったんですか?」

「まぁね」

「リッチな彼氏で羨ましいです。どんな人ですか? いい加減紹介してくださいよ!」

「今度ね」

絶対ですよ、と、旭日が念を押す。それに「はいはい」と答えながら、内心こう思う。

どうして他人の恋人に興味があるのだろう?恋愛なんて、人生のスパイスでしかないのに。

「聞いてくださいよ、私の彼氏なんて……」

あと、どうして自分の恋愛話を他人に聞いて欲しいのだろう?

旭日の話が長くなりそうで辟易していたところ、別の女子社員に声を掛けられた。

「会議室を閉めたいんですけど、そろそろ良いですか?」

「あ、雪村(ゆきむら)さん、ごめんね」

「いえ」

あれ、気のせいかな?今、睨まれた……?

 

 

突然の告白

週末のレストランは、予約をしていても待たされることが多い。誰にも邪魔されず有意義に過ごすには、個室が1番。

料理はシェフのおまかせコース、もちろんワインはペアリングで。

彼のどこが好きかと聞かれたら、絵に描いたような理想を叶えてくれるところなんだと思う。

「改めて、おめでとう」

「ありがとう。でもそれはプロジェクトが成功してから言って」

「相変わらず向上心が高いな。汐里(しおり)は」

ろうそくの火がロマンチックに揺れる。

「新実課長の厳しいご指導のお陰です」

「ふたりの時くらい”課長”は、やめろ」

「確かに、未だに変な感じ」

私より4歳年上の新実さんは、甘いマスクのせいか38歳にはとても見えない。

だけど、その中身は異例の速さで出世したエリート中のエリート。

高学歴、高身長、見た目の完璧さもあり、女性社員の憧れの的だ。

後輩の面倒見もよく、私を主任に引っ張り上げてくれた人でもある。

「汐里に役職で呼ばれると壁を感じる」

「前妻にも役職で呼ばれていたくせに」

「やめろよ、3年も前の話だ」

新実さんはバツイチで、前妻は取引先の部長の娘さんだった。

別れる時はかなりの泥沼だったと聞いたけど、それも過去の話。

私とは何の関係もない。

「なぁ、俺ら付き合うようになって、どれくらい経った?」

「2年くらいかな」

「そんなになるか……汐里の歴代の彼氏の中では長い方じゃないか?」

「それって自慢?」

「汐里のそういうところ、好きだな」

満足そうに微笑んで、ワイングラスを合わせる仕草をする。先輩・後輩という関係を、越えて2年。

そろそろ次のステージを意識しても良いかと思う時期ではある。

上司である彼がその相手なら、「仕事が何より大事」という私の思いを尊重してくれるはず。

「お待たせしました、こちらデザートです」

好きな歌に、『人生をフルコースで例えるなら』という歌詞がある。最後に甘いデザートを食べるためには、理想を1つ1つ叶えていくことが大切だと思う。

ガトー・オ・ショコラ。

大好物のデザートを頬張りながら、彼はこう言った。

「俺さ、もうすぐ結婚するんだ」

 

 

戸惑い

この土日は、英会話教室に通う予定だった。

気力があれば部屋の掃除もしたかったし、撮り溜めしていたドラマや映画も見ようと思っていた。

なのに、ボッーとしたまま48時間が経過し、気が付けば月曜日の朝。こんなどんよりとした気分で出社するのは、いつぶりだろう?

仕事中は、余計なことを考えないようにしないと。

「高杉先輩~、このデータなんですけど」

困り顔をした旭日が近づいて来た。どうやら入力が終わっていないデータがあるらしい。

「それは、雪村さんに頼んだ分だから彼女に聞いて」

「ですよね~、でも雪村さんは知らないって」

「どういうこと?」

視線を動かして雪村さんを探すと、彼女は泣きそうな顔をしながら新実さんのデスクの前に立っていた。

その姿を見ながら、不意に新実さんの言葉が脳裏で再生される。

『俺さ、もうすぐ結婚するんだよね』
『……だ、誰と?』
『雪村 理来(りく)』
『ゆきむら……』
『知ってるだろ? あいつ常務の姪っ子だからさ。こんな良い縁談、逃す手は無いだろ』

結局データの入力忘れは、私の指示不足ということで片付けられた。その作業もあって、会社を後にしたのは午後10時頃。

途中のコンビニでお弁当とビールを買って、自宅マンションに着いたのは11時過ぎ。

エレベーターの到着を待っている間、我慢できずにビールのプルタブを開けた。

「雪村さんと新実さんが結婚……」

口に出してみて、なぜだか笑いがこみ上げた。

「変なの、おかしい、ふふっ」

そろそろ次のステージを意識してもいい?彼なら私の思いを尊重してくれる?

「勘違いもいいところ、バッカみたい」

今度は涙が溢れそうになって、冷たいビールの缶を瞼に押し当てた。

泣くもんか。こんなことで、泣いてたまるもんか。

「そうよ、私の涙は安くない」

3階でエレベーターを降りて、自宅玄関の鍵を開ける。シャワーを浴びてご飯を食べたら、資料作りをしよう。気分が晴れない時は、仕事をするのが1番。

――――と、

玄関のドアを開けた瞬間、違和感を覚えた。それは何か、1歩足を踏み入れてすぐに分かる。

部屋の中がめちゃくちゃに荒らされているのだ。

嘘でしょ、空き巣?

その時、リビングの奥にあるベランダで人影が動くのが見えた。よりによって、人が弱っている時に……。

「冗談じゃない、ふざけんな!」

 

 

再会

「えーと、被害にあったのはあなた?」

「はい」

「勇敢なのは良いけど、危険だから犯人を捕まえようとするなんてダメですよ」

「はい……すみません」

穴があったら入りたいとは、このことだろう。警察官のお説教を受けている間、恥ずかしさで小さくなる。

結局、犯人を取り逃がしてしまったし、思った以上に大事になってしまった。

開けっ放しにしてある玄関から、マンションの住人が何事かと覗いている。せめて、干したままの洗濯物を見えないところに隠したい。

「こういう時は犯人を刺激せずに、110番してくださいね」

「分かりました」

「ところで、さっきからずっと手をさすっているけど、大丈夫ですか?」

「いや、それが……痛いんですよね。すごく」

そうこう話しているうちに、手首が腫れ上がってしまい救急車を要請することになった。

搬送されたのは、家から25分ほど離れた総合病院。担当してくれた若い医師が、私の手首を見て顔を歪ませた。

「これは折れているかもですね、レントゲンを撮りましょう」

「お願いします」

「……ん、あれ」

立ち上がりかけた医師が、問診表を見ながら首を傾げた。それから、私の顔をまじまじと見つめる。

「もしかして、しおちゃん?」

それは思いもしない、再会だった。

 

次回はこちら▼

【連載小説】理想じゃない恋のはじめ方。(第2話)

 

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