【連載小説】理想じゃない恋のはじめ方。(第2話)

仕事も恋愛も理想通りに叶えてきたアラサーOL、高杉 汐里。 信頼していた恋人に裏切られ、自分の存在価値を見失う汐里。そんな時、幼馴染と偶然再会した汐里だったが… 仕事も恋愛も一生懸命に頑張っている大人女性に贈る、オリジナル恋愛小説。(第2話)

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【連載小説】理想じゃない恋のはじめ方。(第2話)
あいのさくら

あいのさくら

恋愛小説家

ヘアスタイリストとして働く傍ら、オリジナル小説を執筆。恋愛を中心に幅広いジャンルを書いています。書籍化経験あり。読者の方に共感して頂けるようなストーリー作りを心掛けています。

理想じゃない恋のはじめ方。(第2話)

【これまでのあらすじ】

信頼していた恋人、新実に別れを告げられた汐里。突然の裏切りに動揺し帰宅すると、自宅が空き巣に入られ部屋が無残な状態に。

犯人と接触し怪我まで負うことになった汐里だったが、搬送先の病院で偶然幼馴染と再会する。

汐里は無事に怪我を乗り越えて、大事なプロジェクトを成功させることができるのか…新実や幼馴染との関係は…?気になる第2話スタート!

前回はこちら▼

【連載小説】理想じゃない恋のはじめ方。(第1話)

幼馴染

「もしかして、しおちゃん?」

「え?」

「やっぱり、しおちゃんだ」

懐かしい呼び名で私を呼んだその医師は、嬉しそうに顔を綻ばせた。

切れ長の瞳、柔和なベビーフェイス、透けるような白い肌。

この面影、見覚えがある……。

「……大和(やまと)?」

「そうだよ、久しぶりだね」

びっくりした。驚きのあまり、手首の痛みが一瞬引っ込む。

「何年振りだっけ?」

「最後に会ったのは、俺が高校生の頃だから10年振りぐらいかな」

「まさかあの大和がお医者さんになってたなんて……立派になったねぇ」

「親戚のおばちゃんかよ」

 

大和は、私の7歳離れた弟の親友。

実家のすぐ近くに住んでいたこともあり、小さい頃からしょっちゅう家に遊びに来ていた。

私が独り暮らしをするようになった後も、実家に帰ればだいたい大和の姿があって家族同然の存在だった。

実家の母は、実の息子より大和のことを可愛がっていたっけ……。

だけど、大和が高校を卒業した後は大学が忙しいこともあってあまり家に来なくなり、私もほどんど実家に帰らなくなったので疎遠になっていた。

「元気だった?」

「36時間勤務中だから元気とは言えないけど、今のしおちゃんよりは元気かな」

「可愛くないなぁ、昔はもっと可愛かったのに」

「俺のこと、いくつだと思ってんの?」

いくつって……もう27歳か。顔つきも大人になったなぁ。

「ちょっと北崎(きたざき)先生! 早く次の患者さんを診てくれないと終わらないですよ」

ベテランっぽい看護師さんが、パーテーションの向こうから顔を覗かせた。

それに大和は「やべっ」と小さく呟き、私に立つよう促す。

「そこのドアから出て右に行ったらレントゲン室があるから、行って来て」

「分かった」

レントゲンと聞いて、再び手首の痛みが激しくなる。

言われた通り診察室から出ようとした背後で、

「お知り合いですか?」

「幼馴染のようなものです」

「先生の初恋相手だったりして!」

「何で分かるの?」

看護師さんと冗談っぽく話す大和の声が聞こえた。

 

 

予期せぬ入院

「えっ、手術?」

「うん、橈骨の手首部分と……あぁ、尺骨骨幹部も折れてるね。手術した方が良いと思う」

レントゲンを撮り終わり再び診察室に入った私に、大和は画像が映ったディスプレイを見せた。

彼の指摘通り、素人でも骨が折れていることが分かる。

「手術は大和がしてくれるの?」

「いや、執刀は他の先生がされると思う。でも、俺も助手としてオペには入るよ」

「そうなんだ……」

「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫だよ。とりあえず、入院することになると思うから」

「入院!?」

思わず聞き返した私に、大和は目を丸くした。

だって、入院だなんて、そんなの……、

「無理! 日帰りにして」

「何言ってんの、日帰りなんて無理だよ。2箇所も折れてんだから」

「何日くらい?」

「2週間くらいかな」

嘘でしょう……仕事どうするのよ。

寝る間も惜しんで準備したプロジェクト企画が通ったところなのに、2週間も休んでいられない。

入社した当初からずっとやりたかった案なのに……、やっと実現できると思ったのに……。

本当に最悪。どうしてこのタイミングなの?

「しおちゃん、骨折を甘くみたらダメだよ」

「でも、仕事が……」

「ごねる患者さんを説得して最善の治療を提供するのが俺の仕事。病室の空を確認するから待ってて」

 

 

頑張るの禁止

結局、大和の押しに負けて入院することになった。

本来なら1度家に戻って入院の準備をしたかったけど、空き巣被害にあった家に入る気にはさすがになれず。

翌朝、後輩の旭日に無理を言って、必要なものを買って来てもらった。

「災難でしたね、先輩。大丈夫ですか?」

「うん、ごめんね。ありがとう」

こういう時、頼れる人が後輩しかいないってどうなの? 私。

情けなさと申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「何言ってんですか! 水くさい。こういうのは女同士の方が頼みやすいですからね」

「うん……?」

「さすがに彼氏さんにパンツ買ってきてとは言いづらいでしょ?」

あぁ、そうか、そうだよね。

確かに彼氏に着替えの準備をお願いするのは、気が引ける。

というか、もうそんな相手もいなくなってしまったんだ……。

そう思った瞬間、また気持ちが重くなる。

新実さんは私が入院したことを知っているはずなのに「大丈夫か?」のメッセージすら送ってこない。

「ええと。着替えと、洗面道具と、パソコンと、ポケットWiFiと……先輩、ここで仕事するつもりですか?」

「するでしょ。幸い怪我は利き手じゃないし、腕以外は元気なんだから」

「もう仕事の虫なんだから。先生に怒られても知らないですよー」

だって、入院しろと言われたけど、仕事を休めとは言われなかったもの。

パソコンとネットがあれば、病室にいてもプロジェクトを進められる。そう思ったから入院を承諾したのだけど、旭日の忠告は正しかった。

 

「しおちゃん、今何時だと思ってんの?」

ブルーの手術着に白衣を羽織った大和が病室にやって来た。

「えっと、2時05分」

「消灯はとっくに過ぎてるよ。こんな夜中まで仕事したらダメだ」

「いいでしょ、別に。個室だし、誰にも迷惑はかけてない」

「規則正しい生活をして、手術に備える。何のための入院だと思ってんだよ」

大和はそう言うと、私のパソコンを取り上げた。

怖い顔しちゃって……こんなに融通が利かないタイプだったっけ?

「分かった、もう仕事しない。でも、眠れないの」

「手術が怖い?」

「そうじゃないけど……色々、考えることがあって」

「しおちゃんって、昔っから変わってないよね」

ふふっと吹き出すように笑った大和は、パイプ椅子を出してベッドの隣に座る。

怒ったり笑ったり忙しい奴だな。

「しおちゃんが大学を受けた時のこと、覚えてる?」

「どうだったかな? 覚えてないよ」

「朝から晩まで勉強して、周りのみんなが『絶対受かるから大丈夫』って言っても、不安で眠れないって机にかじりついてた」

「あぁ~そうだったかも」

「昔からすごい努力家だったよね。でも、必ず無理が祟って体を壊すんだよ」

「そういや受験が終わってからしばらく寝込んだ気がする」

やだな、そんな昔のこと。どうして覚えているのよ。

「仕事が大事かもしれないけど、体はもっと大事だから。頑張るの禁止」

きっぱり言い放ったかと思えば、「今の、医者ぽかったよね?」と、歯を見せて笑う。

大和の方こそ昔から変わってない。生意気で心配性で、可愛い弟分。

「そういや、警察の人から聞いたけど。空き巣犯を捕まえようとしたんだって?いつもそんなに勇ましいの?」

「違う……、あの時はちょっとむしゃくしゃしてて、お酒も飲んでいたし。気が大きくなってただけ」

「それならいいけど、次からは彼氏を呼びなよ」

「うるさいな」

「もしかして、彼氏いない?」

痛いところを突かれて、言葉に詰まる。

「そろそろ仕事に戻ったら?」

話題を変えた私に、大和は悪戯っぽい笑顔を浮かべて病室から出て行った。

 

 

絶望

手術は予定通り、無事に終わった。

鎮痛剤が上手く効いてくれたおかげで、術後もそれほど痛くない。早々に始まったリハビリも思っていたより辛くなかった。

「これなら早く退院できそうですね」

検温にやって来た看護師さんが、ニコッと笑う。

「そうですか」

「浮かない顔ですね、お辛いことでもありますか?」

「いえ、大丈夫です」

手術が終わっても、相変わらず新実さんからの連絡はこない。

別れたとはいえ、部下であることには変わりないのに、気遣いの言葉1つ無いなんて……。

「(いや、きっと忙しくて連絡できないだけだよね)」

こんなことぐらいで落ち込むのは私らしくないと思い直したところで、スマホにメッセージが届いた。

送り主は、新実さん。

「(ほら、きた!)」

はやる気持ちを抑えながら画面をタップして――――。

 

「おはよう、しおちゃん。調子はどう?」

看護師さんと入れ違いに、大和が病室にやって来た。

「……」

「しおちゃん?」

「最悪」

「え?どうしたの?痛みが酷い?それとも吐き気がするとか?」

「……」

大和が心配そうに私の顔を覗き込む。

痛い?吐きそう?悔しい、苛立ち、悲しい、色んな感情が胸の中で渦巻く。

「……プロジェクトから外された」

絞り出した声は、自分でも驚くほど弱々しかった。

 

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【連載小説】理想じゃない恋のはじめ方。(第3話)

 

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