理想じゃない恋のはじめ方。(第9話)
【これまでのあらすじ】
雪村さんの件が一段落し、汐里は同僚たちの要望もありプロジェクトチームに戻れることになった。
週末には新実さんと出張なのに、汐里の元カレが新実さんだと知った大和にダメだと言われ、「関係ないでしょ」と言ってはいけない言葉をつい口にしてしまう…
前回はこちら▼
理想じゃない恋のはじめ方。(第8話)
第1話はこちら▼
理想じゃない恋のはじめ方。(第1話)
喧嘩
「大和には関係ないでしょ、干渉しないでよ」
しまった、と思った時にはすでに遅く。大和の顔からスッと表情が消えた。
「関係ないか……。しおちゃんにとって俺はその程度だったんだね」
「違う、そうじゃないけど」
「じゃぁ、何?」
「何って……」
「しおちゃんは、俺のことどう思ってるの?」
そんなの急に聞かれても答えられないよ。大和のことは、多分、好きだけど。それをここで言うのは違うでしょう?
だいたい、「今は気持ちを知っててくれるだけでいい」って、言ったくせに。こんな時に、どう思ってるかなんて聞こうとしないでよ。
「今はまだ言えない」
「あっそ、分かった」
「ねぇ、大和。関係ないと言ったのは私の仕事に対してだよ。誤解しないで」
「うん、そうだね。俺には関係ないよ」
「ちょっと! 意固地にならないでよ」
キツイ言い方をした私も悪いけど、分からず屋な態度に腹が立つ。どうして仕事とプライベートを分けて考えられないの?
「もういいよ、出張でもどこでも好きに行けば」
「大和」
「もう帰ろう、話すだけ無駄だ」
そう言って席を立った大和は、レジでお勘定を済ませて外に出てしまった。追いかけようかと思ったけど、何だかその気力も無くなってやめた。今夜はお互い頭を冷やした方が良さそう……。
◆
謝罪
「……すみませんでした」
急に謝られて驚いてしまう。私に向けて下げた頭をゆっくり起こした雪村さんは、やつれた顔をしていた。今回のことが周りにバレて、かなり叱責されたんだろうなぁ……。
「許せる気にはならないけど、謝罪の気持ちは受け取るよ」
そう言うと雪村さんは、唇を震わせた。
「新実さんの言った通りです」
「何て言ったの?」
「高杉さんは、常に相手の立場になって考えられる人だ、と。だから、例え酷い目にあっても、きちんとした謝罪なら受け入れてくれるはずだって」
新実さんがそんなことを……。
『自分が悪いと思ったらきちんと謝れ』
『謝罪をされたら、許せなくても気持ちだけは受け取れ』
そんな人になれるように私を育ててくれたのは、新実さん本人だ。だけど、まだまだ相手の立場になって考えられていないよ。
「新実さんのことは、許してあげますか?」
「うん?」
「高杉さんが怪我をした時、新実さんは病院に駆けつけようとしたんです。それを阻止したのも、彼のスマホを取り上げたのも私です」
「そうだったんだ」
新実さんが病院に来てくれていたら、大和と親密になることもなかったし、あんなことで喧嘩することもなかっただろう。
そもそも、怪我をしたから大和と再会できたわけで……。新実さんのことを話しているのに、私の思考は大和の方へと向かっている。
「(大和、まだ怒ってるのかな?)」
◆
心境の変化
今日こそメールをしよう。いや、明日まで待ってみよう。そんな風に毎日を過ごして大和と連絡をとらないまま、週末を迎えた。
「先輩、明日から出張なんだから今日はもう帰ってください」
「もう少し手伝うよ」
雪村さんが退職することになって、その引き継ぎを旭日がすることになったのだ。
「助かります~お詫びにこれどうぞ」
ありがと、と旭日がくれたチョコレートを口に入れる。すると彼女は目を丸くした。
「先輩がチョコ食べるなんて!」
「あげた本人が驚かないでよ」
「だって、いつも『太るからいらない』って言うじゃないですか」
「別に、これくらい平気でしょ」
美味しいな、これ。もう1個貰おう。
「ここ最近の先輩、柔らかくなりましたね」
旭日がしみじみとした口調でそう言い、作業する手を止めた。
「前はもっとストイックというか、ダメなものはダメって感じで張り詰めている雰囲気があったのに」
「そう、かな?」
「私の後輩なんかは、話しかける時に緊張するって言ってましたよ」
「えっ、そうなの?」
それは、ちょっとショックかも。後輩たちには、なるべく優しく接していたつもりなのに。
「あ、違いますよ。怖がられてるとかじゃなくて、すごい人過ぎて緊張するという意味です」
「全然すごくないのに」
「すごいですよ。私たちの目からすれば…。いつも凛とされていて、憧れです」
「ありがと……」
「でも、最近、雰囲気が柔らかくなったよねって、みんなで話していたんです」
「そうなんだ」
「何か心境の変化があったんですか?」
心境の変化か……。変わったことがあるとしたら、大和かな。彼と一緒にいるうちに、考え方や物事の捉え方が少し変わったと自分でも思う。
「これまでの先輩も好きでしたけど、私は今の先輩の方が好きです」
面と向かって言われると照れる……でも、嬉しい。
「ありがとう」
「どういたしまして」
おどけたように言った旭日は、「さぁー!残りの仕事を片付けるぞ」と気合いを入れた。
◆
会いたい
出張、当日の朝。東京駅へ向かうタクシーの中で、スマホの画面を覗いては落胆する。実は昨日の夜、大和に電話をかけてみたけど留守電になっており繋がらなかった。
手術中は留守電になっていることが多く気に留めなかったけど、朝になっても折り返しがこないのは初めてだ。出張に行く前に、大和と話がしたかったのにな……。そう思った瞬間、スマホが振動した。大和かと思いきや、相手は母。
「お母さん悪いけど、後にしてくれる?」
『汐里、実はね…』
「これから出張なの。向こうに着いたら電話するから。じゃぁね」
お母さんの話は基本的に長いから、外で聞いてたら充電が無くなってしまう。
電話を切って、ふぅと息を吐くと、ルームミラー越しに運転手さんと目が合った。
「もうすぐ、イルミネーションの季節ですね」
「そうですね」
「楽しみだなぁ。毎年、娘と一緒に見に行くんです」
運転手さんが微笑む。その嬉しそうな顔を見て、先日、大和と話したことを思い出した。
『今年のイルミネーション、一緒に見に行こう』
『イルミネーションかぁ、混雑するから嫌』
『そんなこと言わずに、行こうよ』
『気が向いたらね』
どうしてあの時、素直に行くって言わなかったのだろう?どうしてもっとちゃんと約束しなかったの?このまま、大和に会えなくなったらどうしよう?もう大和が笑いかけてくれなくなったら、どうしよう?
――大和がいない人生なんて、想像しただけで耐えられない。そのことに今、気が付いた。
東京駅に着いて新幹線の改札口に向かう途中で、新実さんを見つけた。急いで駆け寄って、声をかける。
「新実さん!」
「どうした、そんなに慌てて」
「すみません、私、行けません」
新実さんは訝しげな表情で、こちらを見る。スーツケースを下げてここまで来て、「何を言ってるんだ?」と、言わんばかりだ。
「今回の出張がどれだけ大事か分かってるよな」
「分かっています」
「上手くいけば、プロジェクトリーダーに戻れるかもしれないんだぞ」
「戻る気ないです」
「汐里らしくないな」
確かに、私らしくない。以前の私なら、どんなことよりも仕事を優先していた。ガツガツ必死に働いている自分が好きだった。だけど、今は『頑張り過ぎないでね』って言ってくれる大和と一緒にいる時の自分が好き。
「仕事よりも、大切なものを見つけたんです」
「大切なもの?」
「ごめんなさい、私、新実さんの気持ちには応えられません」
「汐里……」
「彼が好きなんです」
理想とは全然違っていても、思い通りの恋愛じゃなくても、大和が好き。だから今は仕事より、彼と仲直りすることの方が大切。今になってやっと気が付いたの。
新実さんに頭を下げて、踵を返す。早く大和に会いたいという気持ちが溢れて足が自然と走り出していた。
「○○総合病院まで、お願いします」
電話が繋がらないなら、直接会いに行くしかない。タクシーで大和が勤める病院に直行し、顔見知りの看護師さんに大和の居場所を尋ねた。すると……。
「北崎先生なら、休暇を取られていますよ」
「休暇?」
「ええ。1週間ほど、休むそうです」
そんなに長く……?
大和、どこ行っちゃったの?
次回はこちら▼
理想じゃない恋のはじめ方。(最終話)
こちらもおすすめ☆
新規登録
ログイン
お買い物