理想じゃない恋のはじめ方。(第4話)
【これまでのあらすじ】
怪我を理由に自分が企画したプロジェクトから外され、落ち込む汐里。そんな汐里に追い打ちをかけるかのように、上司で元恋人の新実が、社員の前で雪村との婚約を発表する…
なんとか気持ちを切り替えようと頑張る汐里に、雪村から「プロジェクトから高杉さんを外すようにお願いしたのは、私です」と告げられ…
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理想じゃない恋のはじめ方。(第3話)
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理想じゃない恋のはじめ方。(第1話)
昔の記憶
![](https://images.folk-media.com/wp-content/uploads/2021/08/shutterstock_308008319.jpg)
子供の頃から私は、人前で泣くのが苦手だった。
長女だから、お姉ちゃんだから、弟が小さいから、理由は色々あるけども1番大きいのは「負けたくない」だった。
泣いたら負けた気がする。
そんな理由で、強い自分を演じていたのだ。
だけど、唯一私を泣かせるのが上手い子がいた。大和だ。
『しおちゃん、いいこいいこ』
母に叱られて、ふてくされた時も。
『今なら泣いてもいいよ』
部活の試合で負けて悔しかった時も。
『どうして我慢してるの? 泣けばいいのに』
社会人1年目、ミスってばかりの自分に嫌気がさした時も。
辛い時には、いつも傍に大和がいた。
『しおちゃんが悲しいと、俺も悲しい』って、私よりも泣きそうな顔をしている大和が。
◆
ギャップ萌え
![](https://images.folk-media.com/wp-content/uploads/2021/08/shutterstock_1689819100.jpg)
「――――ん……、あれ」
どうやら眠っていたらしい。
ぼんやりとした視界がはっきりしていくにつれ、違和感を覚える。
ここ、私の家じゃない。一体、どこ……。
半分寝ぼけながらも、寝返りを打って驚いた。
「え? 大和!?」
目の前には、スヤスヤと眠る大和の顔がある。
驚きのあまり固まっていると、長い睫毛がピクリと動いた。
「……しおちゃん、もう起きたの」
「起きたよ、起きた! ねぇ、これどういう状況?」
「どういうって、見たまんまだけど」
大和は、んんっ!て、伸びをしながらあくびをする。
それから私の顔を見て、ふにゃっと笑った。
「寝起きのしおちゃん、可愛いね」
「何を言って……」
やめてよ、不覚にもドキッとしちゃったじゃない。
「もしかして、ここって大和の家?」
「そうだよ」
へぇ……。
黒で統一された家具や家電に、お洒落なインテリア。
部屋の奥にある本棚には、分厚くて難しそうな本が並んでいる。
ずいぶんと大人な空間だ。
「ねぇ、私、何も覚えてないんだけど」
「心配しなくても、何もないよ。酔っぱらったしおちゃんを連れて帰って、一緒に寝ただけ」
「酔っぱらったって、私、お酒飲んでないよ」
「うん、稀にノンアルで酔う人もいるからね。錯覚だけど」
まさかぁ、と笑いながらかろうじて残っている記憶を辿る。
頭の中に浮かんだのは、大和の背中に乗っている自分だった。
「大和がここまで運んでくれたの?」
「そうだよ」
「ごめん、重かったよね?」
「そっか、知らないか。俺、大学までロッククライミングをしてたんだ」
「ロッククライミングって、あの、大きな岩とかを登るやつ?」
「うん、そう。人並み以上に鍛えてるから、しおちゃんの体重なんて楽勝」
言われてみれば、背中の筋肉がすごかったかも。
腕もパッと見た感じは細いから分かりづらいけど、血管が浮き出ていて男らしい。
顔はどちらかというと中性的で可愛らしいのに……これぞ、ギャップ萌えってやつ?
「(いやいや、おかしいよ)」
どうして大和相手にドキッとするの。
◆
負けるな、私
![](https://images.folk-media.com/wp-content/uploads/2021/08/shutterstock_251371669.jpg)
「おはよう、旭日」
月曜日の朝。
会社のエントランスでエレベーターを待つ旭日に声をかけた。
「おはようございます! 先輩、今日元気そうですね」
「そう?」
「なんか良いことあったんですか?」
良いことは……無いかな。
だけど、久しぶりにゆっくり寝て食べて、泣いて愚痴ってスッキリした。
おかげで吹っ切れた。
「引っ越ししたの、会社からはちょっと遠くなったけど良い物件があって」
「へぇ!今度遊びに行っても良いですか?」
「片付いたらね」
新しい家は、完成したばかりの賃貸マンション。
偶然にも大和が住んでるマンションから徒歩5分くらいの距離で、近くに知り合いがいるという安心感もあり即決した。
「片付けなら私が手伝いますよ~」
「旭日はそれより、プロジェクトに集中して」
「あぁ……考えないようにしてたのに、胃が痛くなってきました」
例のプロジェクトは、私の同期が引き継ぐことになった。旭日はその補佐。
頑張ってね、と肩を叩こうとした瞬間、彼女は誰かに会釈をした。
「おはようございます、新実課長」
「おはよう」
吹っ切れたはずの胸が、鈍く痛む。
「おはようございます」
「あぁ」
いつかこの人の顔を見ても、何も感じない自分になれるのかな。
失恋の傷は、自分で思っていたよりも深い。
「旭日、朝イチで会議をするぞ。資料は揃ってるか?」
「すみません、サンプルがまだ……」
新実さんが放つ威圧感に、旭日は身を縮こまらせる。
見ていられず、助け舟を出した。
「サンプルなら備品室にあるよ」
「本当ですか? 行ってきます!」
備品室へ行くには、エレベーターより階段の方が早い。
そちらの方へ向かい走って行く旭日を目で追いながら、「しまった」と思う。
気まずさで、消えてしまいたくなる。
到着したエレベーターに乗り込んだ後も、新実さんがいる右側が見れない。
そうしているうちに上昇するエレベーターから1人、また1人と降り、新実さんと2人きりになった。
「引っ越ししたのか?」
ポツリ呟くように、新実さんが聞いてきた。
「もう関係ないですよね」
「汐里」
久しぶりに聞いたその呼び方に、泣きそうになる。
恋人でいられないなら、心の中に入ってこないでよ。
「そんな風に呼んだら、婚約者が誤解しますよ」
「……」
「プロジェクトから私を外したのは、常務の指示だったんですね。新実課長はそういうのに屈しないタイプだと思ってました。」
声が震える。
だけど、泣き顔なんて見せたくない。
「信じていたのに、がっかりです」
負けるな、私。前を向け!
◆
ときめき……?
![](https://images.folk-media.com/wp-content/uploads/2021/08/shutterstock_746057287.jpg)
骨折って手術をすれば、すぐに治ると思っていた。
術後は余裕だったリハビリも、だんだん辛くなってきた。
「痛たたたたた、痛いです」
「少し休みましょうか?」
「いえ、続けてください」
この前の理学療法士さんはドSだったけど、今日の人は優しい。
それでも相当な痛みに、さすがの私も涙目になってしまう。
「あ!北崎先生だ」
その時、手術着姿の大和がやって来た。
この総合病院はリハビリテーション室も併設されており、大和は退院した患者の様子を頻繁に見に来ているらしい。
大和の登場に、リハビリを受けている患者たちが一気に色めき立つ。
「先生、見て!膝の可動域がもうこんなに広がったの」
「お~すごいですね! リハビリを頑張っている証拠ですね」
「北崎先生、次こっち!こっちに来て」
「はい、すぐ行きます」
優しくて親切でいつもニコニコしている大和は、この病院ではちょっとした有名人。
わざわざ遠方から通院する患者さんもいるくらいの人気者らしい。
「(そういや昔から、人に好かれるタイプだったなぁ……)」
そんなことを考えていると、大和と目が合った。
だけど、思わず視線を逸らしてしまう。
この前、家に泊めてもらったことを思い出し、若干気まずくなったのだ。
「(大和を意識しちゃうなんて、変なの)」
「そろそろ終わりにしましょうか」
理学療法士さんが時計を見ながら言った。
いつもよりかなり時間が短い。
「もう少しお願いします」
「でも、今日は痛みも強いようですし、あまり無理しない方がいいですよ」
「これくらい平気です」
リハビリをサボれば、サボった分だけ治りが遅くなるような気がする。
だから頑張って痛くても堪えないと……!
1日でも早く仕事に完全復帰できるように。
そう焦りを滲ませていると、
「しおちゃん」
後ろから大和が近づいて来た。
「リハビリはやればやるほど効果があるってわけじゃないよ」
「でも、」
「頑張り過ぎるの禁止だって言ったよね。無理をしたら余計体を痛めるだけ。治らないよ」
「……」
「はい、分かったら今日は終わり!」
強制終了をくらってしまい、そのままリハビリテーション室から出される。
休憩コーナーの椅子に座って待っているよう私に言った大和は、少ししてから戻って来た。
「はい、これあげる」
「何?」
「ご褒美のアイス」
「私は子供か」
「要らないの?」
「何味?」
「しおちゃんが好きなチョコミント味」
「ちょうだい」
いつまで私の好きな味を覚えているのよ。
拗ねて構ってちゃんになってしまったみたいで、気恥ずかしい。
「しおちゃんはさ、十分頑張ってると思うよ」
「……」
「でも、基本的にせっかちだよね」
「知ってる」
「しおちゃんのそういうところすごく尊敬できるけど、同時に心配になるよ」
「大和……」
「だから、時には力を抜いて休んで欲しい。自分のためにも、近くで応援してる人のためにも」
言い聞かせるように、お願いするように。
優しい表情でそう言った大和は、私の唇に付いたアイスを親指で拭い「子供かよ」と笑った。
「……」
やっぱりおかしい。
だから、どうしてドキドキするの。
次回はこちら▼
理想じゃない恋のはじめ方。(第5話)
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