【連載小説】この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。

複雑な家庭で育ち、結婚に夢も希望もない藤川 千紗、30歳独身。特定の恋人もつくる気がない千紗は、相手をころころ変え一時的な恋愛を楽しんでいる。そんなある日、探偵事務所の相談員として働いている千紗は、友人の旦那の浮気調査をすることになり… 結婚や人生に悩む女性に贈る、オリジナル小説。

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【連載小説】この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。
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あいのさくら

ライター

ヘアスタイリストとして働く傍ら、オリジナル小説を執筆。恋愛を中心に幅広いジャンルを書いています。書籍化経験あり。読者の方に共感して頂けるようなストーリー作りを心掛けています。

この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(第9話)

【これまでのあらすじ】

悠真さんとは別れ日常に戻っていた千紗は、寝不足からか、失恋のせいか体調を崩し寝込んでしまう。看病に来た母の、「一緒に不幸になっても良い人」こそ人生に必要という言葉に、悠真さんを思い浮かべる…

別れてから2カ月たったある日、悠真さんから連絡があり千紗は再び会うことに。ホテルで会っているところに綾香が現れ…

前回はこちら▼

この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(第8話)

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この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(第1話)

修羅場

修羅場

綾香が、どうしてここに……?突然のことに頭が真っ白になる。彼女は両サイドに体格の良い男性2人を従えて、仁王立ちしていた。事の状況が理解できたのは、綾香からの強烈なビンタを食らった後だった。

「友達の旦那と不倫するなんてぇ、最低!」

「……」

「何とか言いなさいよぉ、このっ!」

「綾香」

もう一発叩かれそうになったところで、悠真さんが綾香の腕を掴んだ。

「待ってくれ、僕と彼女は、」

「しらばっくれないでよぉ、全部調べたんだから」

調べた? それってまさか……。思わず息を飲んだ私に、綾香の鋭い視線が刺さる。こんな日が来ることを全く予測していなかったわけじゃない。それでも体が小刻みに震え出した。

「別の探偵を雇ったのか?」

悠真さんが綾香に尋ねた。ただ事ではない雰囲気を醸し出す私たちを、ロビーにいた人たちが好奇の目で見ている。

「そうよ、気付かなかった?あなたたち随分、油断していたものねぇ」

油断していたのかな。でもまさか私に調査を依頼しておきながら、別の探偵も雇うなんて考えもしなかった。それに、SNSを見る限り私と悠真さんとの関係に気が付いている素振りなんて……あ、もしかして……。

「わざとSNSに呑気な投稿をしてたの?」

「やっと分かったぁ?私が疑ってないと過信して、2人で旅行に行ったのも知ってるんだからね」

「そっか……」

じゃぁ、もう言い訳の余地もないね。

 

「ごめん、綾香」

「謝って済むことじゃないよねぇ」

「分かってる。分かってるけど、悠真さんと別れて」

「はぁ? 冗談じゃない! 離婚は絶対にしない」

「お願い、悠真さんを自由にしてあげて」

「ちょっと何言ってんのか分かんないんだけどぉ。自分の立場ってのを考えなさいよ」

ドンッ、と肩を強く押される。衝撃で体が一歩後ろに下がった。

「千紗、あんたは相手が既婚者と知ってて関係をもつ最低な女」

綾香が距離を詰める。

「親にもご近所にも、もちろん職場にも言いふらしてあげる。慰謝料もたっぷり取るから覚悟してて」

綾香はそう宣言すると、踵を返してホテルを後にする。悠真さんは、綾香が従えていた男性2人に両脇をガッチリ掴まれた。

「何をする、離せ!」

「悠真さん!?」

抵抗も虚しく悠真さんは、男性2人によってホテルの出入り口へと引っ張られて行った。その様子を私はただ茫然と見送るしかなく、彼が口パクで言った『あとで必ず連絡する』は、永遠に叶わないことのように感じた。

 

 

代償

代償

「覚悟していて」といった綾香の本気を知るのは、そう時間のかかることじゃなかった。まずは私が住むマンションの掲示板や私の部屋のドアに『〇〇号室の藤川千紗は不倫女』と書いたビラを貼られた。

さらに共有スペースの外廊下に生ごみを撒かれており、他の住民から連絡を受けた管理人さんがすっ飛んで来た。当然それらは私が片づけることとなり、その対応に1日以上を費やすことになる。

SNSでも名指しで非難され、コメント欄は共通の友達からの「そんな人だとは思わなかった」という言葉で溢れていた。

またリーダー的存在だった玲子からは、友達をやめるという旨のメッセージが直接私のところに送られた。母にも連絡が入ったらしい。

『もしもし、千紗? なんかあんたの知り合いという子から電話があったんだけど』

「うん……綾香でしょ」

『そうそう、そんな名前だった』

「ごめんね、綾香は何て?」

『旦那を横取りされたとか、どうとか。あんた友達の旦那と不倫したの?』

「……うん」

親にも言うって宣言していたもんね。ただ、うちの母は私なんかよりもずっと多くの修羅場を経験しているから驚きもしないだろう。予想通り、母は怒るよりも呆れた声でこう言った。

『馬鹿だねぇ。1番面倒くさいところに手をつけて。ま、自分で蒔いた種なんだから自分で何とかしなさいよ』

「分かってる」

『何を言われても私は知らないって言うから、こっちのことは気にしなくていいよ』

「うん……ありがとう」

『それより、あんたまだ風邪が治ってないの? 酷い声だけど』

「大丈夫だよ。ごめん、切るね」

 

1番のダメージは職場だった。所長室に呼び出された私は、苦い顔をした所長にこれまでのことを説明した。重々しい雰囲気と緊張からめまいと吐き気が催してくる。

「大変なことをやってくれたね……」

呟くように言った所長は、目の前にある内容証明郵便に視線を落とし溜息を吐く。

「申し訳ありません」

「こうなってしまった以上、うちも厳しく対処しなくてはならない」

「……クビですか」

「調査員が対象者に手を出すなんて前代未聞だよ。自分がやったことを分かってるよね」

「はい。すみませんでした。お世話になりました」

当然といえば、当然だ。つい先日まで冗談を言い合いながら一緒に働いていた同僚からも、冷たい視線を向けられる。

所長室を出て、自分の荷物をまとめる間も空気が重い。去り際、みんなに向けて一礼をしたけど、赤城さんは最後まで視線を合わせてくれなかった。

 

「藤川」

エレベーターでビルの1階まで降りると、咥え煙草の仲西さんが立っていた。

「仲西さん……ご迷惑をおかけしてすみませんでした」

「やめろよ、お前らしくない」

「そうだよね、ごめん。じゃぁ、行くね」

「待て、これを持っていけ」

仲西さんが私に渡したのは、名刺だった。

「不倫問題に強い弁護士さんだから、相談しな」

「ありがとう。でも、」

「でもじゃねぇよ、持ってて損はないだろ。返品すんな」

「うん……」

「顔色悪いな、家まで送ってやろうか」

仲西さんの優しさに、ちょっと泣きそうになった。

「大丈夫、1人で帰れるから」

「気を付けろよ。それから、」

「それから?」

「その、なんだ、確かにお前は悪いことをしたかもしれないけど、だからってお前の価値が下がるわけじゃないから。堂々と胸を張れ」

「うん……ありがとう」

堂々と、か。自分がしたことに胸を張れる日なんてこない気がする。いや、こない方がいいだろう。

でもじゃぁ、どうやってこれから生きていけばいいのだろう。恋人、友達、仕事、信用、信頼、自業自得とはいえ何もかもを無くして、一体どうすれば……。

 

 

涙

悠真さんからの連絡は、やっぱりこなかった。きっともう、何もかもが終わってしまったのだろう。彼と一緒なら例え地獄に落ちても良いと思ったけど、結局は1人ぼっちになってしまった。

「(それもこれも、自分で蒔いた種だよね)」

仕事を退職してから2週間くらいが経ったある日、家のインターフォンが鳴った。平日の昼間に誰だろう?恐る恐る玄関のドアを開けると、赤城さんが立っていた。

「突然ごめんね、今いいかな?」

「あっ、はい。でも部屋の中は散らかっているので、外で……」

びっくりした。まさか赤城さんが訪ねて来てくれるなんて……。天気が良いので駅前のカフェでドリンクとサンドイッチをテイクアウトして、近くの公園へ移動した。手頃なベンチを見つけて腰を下ろしたところで、赤城さんが私に尋ねる。

「部屋の中を片付けているみたいだったけど、引っ越しでもするの?」

「……はい。祖母がいる田舎に帰ろうと思いまして」

「あのことが原因?」

「それもあるけど、実はずっと体調を崩してて。田舎でゆっくりしたいなって」

「そっか」

うん、と頷いた赤城さんは、私の手を握った。

 

「藤川さんが退社したとき、あまりにびっくりして。冷たい態度を取ってごめんね」

「いえ、私の方こそ嘘を吐いていて、ごめんなさい」

「正直、ガッカリしたけどね……。でも、それでこれまでの信用が変わるわけじゃないしね」

「ありがとうございます。わざわざそれを言いに来てくれたんですか?」

「実はね、もう1つあるの」

赤城さんはそう言うと鞄の中から白い封筒を取り出し、私に手渡した。何だろう? シンプルなデザインのそれには、宛名が書いていない。

「伊野さんから預かってきた」

「え?」

「郵送したら読んでくれない気がするから、私から読むように言って渡してくれって。初対面なのによくそんなこと頼むわよね」

「……人の懐に入り込むのが上手い人なんです」

「そうみたいね。とにかく、渡したからね」

「はい……」

悠真さんからの手紙。赤城さんが帰ったあと、その手紙を読んだ私は周りの目を気にすることなく涙を流した。

 

次回はこちら▼

この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(最終話)

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