【連載小説】この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。

複雑な家庭で育ち、結婚に夢も希望もない藤川 千紗、30歳独身。特定の恋人もつくる気がない千紗は、相手をころころ変え一時的な恋愛を楽しんでいる。そんなある日、探偵事務所の相談員として働いている千紗は、友人の旦那の浮気調査をすることになり… 結婚や人生に悩む女性に贈る、オリジナル小説。

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【連載小説】この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。
あいのさくら

あいのさくら

恋愛小説家

ヘアスタイリストとして働く傍ら、オリジナル小説を執筆。恋愛を中心に幅広いジャンルを書いています。書籍化経験あり。読者の方に共感して頂けるようなストーリー作りを心掛けています。

この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(第4話)

【これまでのあらすじ】

離婚の相談を受けるために次の週も伊野さんに会った千紗だったが、その日はお酒の力もあり、母にお金の無心をされることや、その件で喧嘩した時に言われたことなどを伊野さんに話した。

話を聞いてくれた伊野さんに、「ずっと傷ついたままなんですね」「僕が傷を癒してあげましょうか?」と言われ…

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この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(第3話)

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この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(第1話)

今夜だけ

今夜だけ

本気の恋愛はしない。そう決めている私だけど、過去に1度だけ本気で好きになりそうな男性がいた。優しくて穏やかで、傍にいるだけで癒してくれる人だった。伊野さんは、その人に少しだけ似ている。

「明りを消して……」

「可愛い人ですね」

優しい笑みを浮かべた伊野さんは、私の唇に甘いキスをした。それからゆっくりとベッドに押し倒し、上着のボタンを外す。胸元で動く彼の髪の毛が柔らかくて、心地良くて、そっと指で触れた。

「男の人なのに、こんな綺麗な髪の毛をしてるなんてズルい」

「そんなことを言われても……」

伊野さんは少しだけ困ったように笑い、「黙って」と言わんばかりの深いキスをする。ひんやりとした唇、反応を確かめるように触れる指、甘い吐息、包み込んでくれる熱い体。

その全てが私の思考を停止させ、ただただ夢中にさせた。こんなにも優しくされたのは、いつぶりだろう?例えこれがお情けだとしても、現実逃避だとしても構わない。

「(今夜だけ、何もかも忘れよう)」

そんな風に思った時だった。

「……すみません、できません」

不意に体を起こした伊野さんは、私に向かって勢いよく頭を下げた。

 

 

吐露

吐露

「煙草を吸っても?」

「どうぞ」

傍にあった灰皿を渡してあげる。ふぅーと煙を吐いた伊野さんは、申し訳なさそうな顔をしながらそれを受け取った。急にできないと言うから驚いたけど、私とすることが無理なのではなく、物理的に無理だったらしい。

てっきり、背徳感や罪悪感からできなかったのかと思ったけど、原因が「私」ではないことに、少しだけホッとする。お酒を飲んだらできないって人もいるしね。

「癒してあげるとか、偉そうなことを言ったくせに、すみません」

「別に謝ることじゃないですよ」

「はぁ……。やっぱりもう不能なのかな」

伊野さんは、消えそうな声で呟いた。

「今日だけじゃないんですか?」

「ここ最近はいつもです。多分精神的なものだと思うんですけど」

「精神的なもの……いつからですか?」

「不妊治療をするようになってから、ですかね」

「そうなんだ……」

「治療のこと、綾香から聞いてないですか?」

「いえ、何も。初耳です」

結婚から5年も経つし、年齢を考えたら治療を始めていてもおかしくない。

だけど、綾香は常日頃から「子供は授かりもの」「自然に任せている」と言っていたから、まさか治療をしているとは思わなかった。というか、それなら私に話したり、SNSに書いたりしそうなのに。

「子供ができない理由は僕にも綾香にもなく、タイミングの問題だと言われました」

「それなら、」

「ええ、タイミングを合わせれば1~2年の間で90%は妊娠できるらしい。なのに、一向に妊娠しない。綾香は妊活に必死になり、僕にも色んなサプリを飲むよう強要しました」

 

伊野さんはそこで一旦言葉を切り、少し間をおいてからこう続けた。

「その頃からですね、セックスそのものにプレッシャーを感じるんです」

「そのことを綾香には?」

「もちろん言いました。言ったけど鼻で笑われましたよ。父親になろうとしてる人が馬鹿なことを言うなって」

そんな、酷い……。いくら夫婦でもそんなことを言われたら、プライドが傷ついただろう。

「今はもう綾香の顔を見るのはもちろん、家に帰るのも辛い」

辛さを吐露する伊野さんを見ていると、こちらまで胸が痛くなる。思わずその体を抱きしめた。

「大変でしたね」

「今夜は僕が慰めるつもりだったのに、反対になっちゃいましたね」

「十分慰められましたよ。それに、どちらがとかではなく、慰め合うのも良いじゃないですか」

「ありがとう」

私の腕の中で頷き、ぎゅっとしがみつく。そんな伊野さんが、なぜだかとても愛おしく思えた。

 

 

怒り

怒り

朝から続く小雨が、いよいよ本降りに変わりそうな午後。張り込み調査が終わり事務所に戻ると、赤城さんに声をかけられた。

「お友達が来てるよ」

「え?」

「ほら、例の。帰るまで待つって言うからカウンセリングルームに通しておいた。3号室ね」

「分かりました、ありがとうございます」

笑顔が引きつる。例のお友達って、綾香だよね?約束もなく、急に事務所にやって来るなんて……。もしかして伊野さんと会ってることが、バレたとか?

「お待たせ……」

カウンセリングルームのドアを恐る恐る開けると、スマホをいじっていた綾香が顔をあげた。その表情が笑顔であることに、少しだけホッとする。

「どうしたの、急に」

「近くまで来たから寄ってみたんだぁ。ごめんねぇ、仕事が忙しいのに」

「ううん、何か相談?」

調査依頼を受けながら、対象者と密会している。その罪悪感から、綾香の顔を真っすぐに見れない。

「大したことじゃないんだけどねぇ……」

「あれからまた気になることでもあった?」

「ううん、そうじゃなくて」

 

綾香の話は相談というより、ほとんど旦那の愚痴だった。相変わらず帰りが遅いとか、態度が素っ気ないとか、スマホばかり見てるとか。

「この前もねぇ、うちの両親がわざわざ家に来てくれたのに、肝心の旦那くんがなかなか帰って来なくて!」

あ、その日は……。

「仕事だったんじゃないの?」

「そう、休日出勤だって言ってた。大して稼ぎもないくせにねぇ」

「旦那さんの勤め先ならそこそこ給料あるでしょ?」

「全っ然! うちの両親の援助が無いと生活できないよぉ」

自分が働くという発想はないのね。そもそも綾香の洋服代や美容代にお金がかかってるんじゃないの?不妊治療だってしているわけだし。

「あ~あ、やっぱり親の言う事を聞いて、見合い相手と結婚するべきだったかなぁ」

「駆け落ちする勢いで結婚したくせによく言うよ」

「だってぇ、あの時は旦那くんしかいないって思ったんだもん」

「じゃぁ、離婚すれば?」

「しないよぉ。あんな人でもまだまだ必要だもん。私のために頑張ってもらわないと」

よくもまぁ、そこまで言えたもんだ。家に帰るのが辛いと嘆いていた伊野さんの気持ちがよく分かる。彼はあんなに苦しんでいるのに、その気持ちを1ミリも理解しようとしないなんて酷すぎる。

 

 

彼が好き

彼が好き

「綾香がそんなことを?」

「はい……私ついカッとなって『世の中、あんたを中心に回ってるんじゃない』って言っちゃいました」

「実際に綾香が中心ですよ。我が家では」

伊野さんが苦笑する。いつものように「離婚の相談」という名目で会うことになった私たちは、BARのカウンター席に並んで腰を下ろした。

しかし、今日の彼は口が重たいようで会話はあまり弾まず、だからと言って不機嫌な様子でもない。どうしたのだろうと思っていると……。

「早く離婚したいな」

不意に伊野さんがそう呟いた。

「そうしたら、藤川さんと堂々と会える」

「それはどういう意味?」

「こういう意味です」

テーブルの下で手を握られ、ドキッとする。

「この間からずっと藤川さんのことばかり考えてしまうんです」

熱い眼差しを向けられ、私の中の何かが壊れる。「1回だけ」だと言い聞かし、蓋をしていた気持ちが顔を出した。この人が、欲しい。

「この前のリベンジします……?」

「自信ないなぁ」

「大丈夫、私を信じて」

 

完全に受け身だった先日とは違い、ホテルに入った瞬間、伊野さんの首の後ろに両腕を回す。浅いキスと、深いキスを繰り返しながら、彼のシャツのボタンを全部外した。それから露わになった胸元に耳を寄せて、心臓の音を聞く。

「すごい、ドキドキしてる」

「そりゃするよ」

「どうして?」

「分かっているくせに。それとも言わせたい?」

「聞きたい」

これは間違っていることだと分かっている。ただ傷の舐め合いをしているだけなのかもしれない。それでも……。

「好きだよ」

私も伊野さんのことが好き。よりによって友達の旦那を好きになるなんて、馬鹿だなって思うけど。彼のことを知れば知るほど、ハマっていく自分を止められそうにない。それはまるで蟻地獄のように、私の理性を全て飲み込んでいった。

 

次回はこちら▼

この恋は幸せになれない?好きになってしまったのは、奥さんのいる人。(第5話)

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