古くから愛される美しい古語集。日本の四季を彩る素敵な言葉たちを季節別にご紹介

古語とは、古い時代に使われていて現代では一般的に使われなくなった日本語のこと。日本には、四季折々の風情や美しさを謳った古い言葉がたくさんあります。今回は、知っているとかっこいい昔の日本語、美しい古語を四季別にご紹介します。

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古くから愛される美しい古語集。日本の四季を彩る素敵な言葉たちを季節別にご紹介
k.miki

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美しい古語を四季別にご紹介!

古語をご存知でしょうか。古語とは、古い時代に使われていて現代では一般的に使われなくなった日本語のこと。また、古人の言った言葉やことわざなども含めた言葉で、大和言葉ともいいます。

日本には、四季折々の風情や美しさを謳った古い言葉がたくさんあります。俳句や短歌もそうですね。

今回は、知っているとかっこいい昔の日本語、美しい古語を四季別にご紹介します。一見難しく思えますが、成り立ちや意味を知れば日本語の奥深さに感銘を受けますよ。

美しい古語《春・夏》

美しい古語《春・夏》

まずは、春から夏にかけての美しい古語を5つご紹介します。四季のある日本では、人々は今も昔もそれぞれの季節の魅力を味わいながら暮らしています。暖房器具のない昔は冬の寒さが厳しく、現代よりもはるかに春が待ち遠しかったでしょう。

やっと暖かい春を迎えた喜びを、古人たちはどのような日本語で表現したのでしょうか。しとしとと小雨が降り続く梅雨を越すと、燃えるような暑さの夏がやって来ます。太陽も植物たちも、地球全体が活性化したような夏には、どのような古語が使われていたのでしょうか。

 

 

春・夏の美しい古語①「花曇り(はなぐもり)」

春を表現した美しい古語のひとつ目は「花曇り(はなぐもり)」です。春の天候を表した古語で、桜の花が咲くころの薄ぐもりの天気のことをいいます。

また、その時期の曇りがちの薄明るい空を表現していて、春の季語として多くの短歌や俳句に使われている古語です。夏目漱石が詠んだ俳句は有名ですね。現代では手紙の挨拶文として「花曇りが続く今日この頃」のように使われます。曇り空の物寂しいイメージも「花」が付くと情緒ある雰囲気に。

 

春・夏の美しい古語②「朧月(おぼろづき)」

続いての「朧月(おぼろづき)」も春に使われていた古語です。「朧月夜」という言葉を聞いたことが人も多いでしょう。松尾芭蕉の「おぼろ月夜」は、小学校の音楽の教科書に記載されている有名な俳句です。

「おぼろ」は、ぼんやりとしていてはっきりしない、おぼろげな様子。つまり、霧や靄がかかり、かすんで柔らかく光って見える春の夜の月のことを表しています。春は寒暖差が大きく、夜空に霧や靄がかかりやすいのです。空全体がかすみ、月がおぼろげて見える様子を詠った、美しい古語ですね。

 

春・夏の美しい古語③「五月雨(さみだれ)」

「五月雨(さみだれ)」は梅雨時の古語で、「さつきあめ」とも読みます。梅雨の別名ともいわれていて、旧暦の5月頃に降る長雨のことです。現在の6月頃にあたりますね。夏の季語として、有名な俳人、松尾芭蕉が「奥の細道」で詠ったことでも有名です。

しとしとと小雨が続き、紫陽花のかわいい花びらに真珠のような雨粒が映える風景。そんなイメージの美しい古語です。現代では、断続的であるさまをだらだらと降り続く小雨に例えた「五月雨式」「五月雨戦術」がビジネスシーンでも使われています。「五月雨式にメールが来る」のように、さらっと使えるとかっこいいですよね。

 

春・夏の美しい古語④「薫風(くんぷう)」

初夏に吹く、若葉や青葉の香りを含んだ穏やかな風、「薫風(くんぷう)」。「かぜかおる」とも読みます。由来は中国、唐の時代に謳われた「薫風自南来」。「薫風は南より来たる」の意味で、南風の心地よさを表現した言葉です。

薫風が吹く時期は5月上旬から6月中旬、ゴールデンウイークを過ぎ、梅雨入りする間。初夏の風は暖かく、緑の爽やかな香りを運んでくれます。夏の訪れを感じさせる、風情ある古語ですね。現代では、手紙などの挨拶文で「薫風の候」のように使われている、美しい響きの日本語です。

 

春・夏の美しい古語⑤「短夜(みじかよ)」

春から夏の古語、最後は「短夜(みじかよ)」。「たんや」とも読みます。短い夏の夜の儚さを表現した、美しい日本語です。日が長く夜明けの早い夏。夏至はもっとも夜が短くなります。反対の意味を持つ日本語は「秋の夜長」ですね。

夜は、村も人々も眠る静寂な時間。古人たちは、夜の闇に隠れて逢引きをしたり、心ゆくまで物思いにふけったりしていたのかもしれません。現在は文明の進化で、一晩中明るい街もあるほど。昔の人たちは夏の短夜をどのように楽しんだのでしょうか。

 

美しい古語《秋・冬》

美しい古語《秋・冬》

続いて、秋から冬にかけての美しい古語を5つご紹介します。徐々に暑さが和らぎ、木々が赤く染まっていく秋。夜の時間も長く、どこか物寂しく切ない気持ちになる人もいるのではないでしょうか。

寒さの厳しい冬は、さらに日照時間が短い日が続きます。そんな中でも風情を感じられるのは、美しい白い雪のおかげかもしれません。秋や冬を古人たちはどのように表現したのでしょうか。

 

秋・冬の美しい古語①「秋麗(あきうらら)」

秋を表現した美しい古語のひとつ目は「秋麗(あきうらら)」。「しゅうれい」とも読みます。気候が良く、空が明るくて気持ちの良いさまを表した古語です。晴れた秋の日のうららかな空の情景や、美しく澄み切った青空のイメージが浮かぶ人も多いでしょう。

「麗」には「空が晴れて日が明るいさま」「晴れ晴れとした気分」の意味があります。字面もかっこいいですね!「麗」は美しさや華やかさをイメージさせる日本語のため、梨や多肉植物の品種名としても使われています。また、「麗子」や「麗華」など、女の子の名前にも。凛とした美しい女性がイメージできますね。

 

秋・冬の美しい古語②「錦秋(きんしゅう)」

続いての秋に使われていた古語は「錦秋(きんしゅう)」です。「錦秋」は秋の紅葉を表す日本語で、木々が紅葉して美しい山の情景を織物に例えています。「錦」とは、「色とりどりの糸を使った高級な織物」「きれいな模様の絹織物」のこと。

夏、青々とした葉がたくさんついていた木々も、冬に向かって徐々に裸になっていきます。その移行の途中に束の間見せてくれる、色鮮やかな美しいドレス。真っ赤なもみじや黄金色のイチョウの葉、橙色や朱色の葉など、美しいグラデーションが目に浮かびます。自然が作り出してくれる秋の個性を詠った、かっこいい日本語。

 

秋・冬の美しい古語③「冬隣(ふゆどなり)」

「冬隣(ふゆどなり)」は、晩秋を表した季語。冬がすぐそこまで来ている様子を表しています。昔の人たちにとって、冬は寒さが厳しく作物も育たない「春を待つ」季節。安心して冬を迎えるための支度をする、覚悟が感じられる日本語です。

朝はひんやりとする日が多くなり、だんだんと冬の気配が感じられる晩秋。紅葉し鮮やかな色に染まっていた葉は枯れ落ちていき、山や木々も冬の支度を始めます。人も動物も植物も、寒い冬がやって来る前には準備が必要です。そんな「冬の足音」を思わせる、美しい日本語ですね。

 

秋・冬の美しい古語④「寒月(かんげつ)」

冬の美しい古語、「寒月(かんげつ)」。冬の季語として俳句や短歌に多く用いられている日本語です。寒い夜、冴えわたって見える月を表しています。ツーンとするような寒さの日は、身が引き締まった感覚になるもの。空気も澄んでいるように感じられますよね。

澄み渡った空気の中、ふと空を見上げると見える、冷たく光る月。頬をなでる冷たい風が、月をいっそう美しい光に見せてくれるようです。凍てつく寒さの中、美しい月の光に照らされている情景が浮かぶ、かっこいい古語ですね。

 

秋・冬の美しい古語⑤「風花(かざはな)」

秋から冬にかけての美しい古語、最後にご紹介するのは「風花(かざはな)」。寒々とした冬の晴れた日に、小雪がちらちらと風に舞うように降ることを表す言葉です。また、山や野に積もっていた雪が風によって運ばれ、花びらのように舞いちらつく現象も表しています。風に舞う小雪を花に例えた、美しい古語ですね。

ほかにも、雪を表した古い言葉はたくさんあります。例えば、「六花」は雪の別名で、雪の六角形の結晶からきています。「細雪(ささめゆき)」は粒の細かい雪を表し、「餅雪(もちゆき)」は餅のようにふわふわとした雪を意味する言葉です。

 

美しい古語《四季のことわざ》

美しい古語《四季のことわざ》

古語には、短い言葉のほかにも四字熟語やことわざがあります。ことわざとは、昔から言い伝えられてきた短い句で、教訓の意を含む言葉です。いわば、古人たちの知恵が詰まった生き方のメッセージ。

ここでは、美しい四季を表現したことわざの古語を5つ紹介します。春夏秋冬それぞれの風情を表す美しい古語。四季を慈しむ和の心は、ことわざとしてどのように表現されたのでしょうか。

 

四季のことわざ①「春眠暁を覚えず」

四季のことわざひとつ目は、「春眠暁を覚えず」です。聞いたことがある人も多いでしょう。「暁」は夜明け、「覚えず」は気付かずに、知らず知らずのうちに、を意味していて、春の朝の心地よさを表現する言葉です。春の朝は心地よく、朝になったことに気付かずについ寝過ごしてしまう。誰もが経験のあることではないでしょうか。

ことわざの由来は中国。唐の時代に活躍した詩人、孟浩然(もうこうねん)が詠った漢詩『春暁』の冒頭部分からきています。同じく春の夜明けの風情を表した「春はあけぼの」は日本で生まれた言葉で、清少納言の『枕草子』の一節です。

 

四季のことわざ②「春の晩飯後の万里」

こちらも、春に関することわざです。「春の夕飯食って三里」ともいいます。「晩飯を食べた後でも三里の道を歩ける」の意味で、春の日が長いことを例えています。

三里は約12キロメートルの距離を表す古語。夕食後に12キロも歩けるほど、春は日が長く感じられたのでしょう。電気のない昔。日の短い冬が終わり、だんだんと長くなる夕暮れの時間を味わう人々が想像できますね。四季のある日本独特の、素敵な日本語です。

 

四季のことわざ③「夏歌う者は冬泣く」

冬は、昔の人たちにとっては働きたくても動けない季節です。働ける夏に働かず遊んで暮らす者は、冬になって寒さと飢えに泣くことになる、という意味のことわざ。後先を考えずに楽な道に逃げると後で暮らしに困るので、目先の快楽に惑わされずに働けるときにしっかり働こう、という教訓が込められています。

どこかイソップ童話の「アリとキリギリス」に似ていますよね。夏の間、アリたちは冬に備えて一生懸命に働きまますが、キリギリスは遊び歌い、働くアリたちをバカにすらします。冬になりキリギリスが味わったのがまさに「夏歌う者は冬泣く」状況です。

 

四季のことわざ④「秋茄子は嫁に食わすな」

こちらも一度は聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。「秋茄子は嫁に食わすな」には、実はいくつかの意味があるのです。諸説ありますが、一般的には次の二つの意味が知られています。

ひとつ目は、「秋茄子は特に美味しいので憎い嫁に食べさせてはもったいない」という姑の意地悪な気持ち。もうひとつは、「茄子は体を冷やす食べ物なので、赤ちゃんを産む嫁には食べさせないようにしよう」という嫁の体を気遣う、姑の優しい気持ちです。いずれにしても、秋茄子の美味しさが伝わる見事な言葉ですね。

 

四季の美しいことわざ⑤「月雪花は一度に眺められぬ」

四季のことわざ、最後は四季のある日本ならではの素敵な表現。「つきゆきはな」はそれぞれ、四季折々の美しい自然を表す言葉です。「月」は月夜の綺麗な秋を、「雪」は冬を、「花」は美しい花が咲く春を表します。

四季を一度に感じられないように、「よいことや素晴らしいことはいっぺんに味わうことができない」「よいことが全部一度にそろうことはあり得ない」という例えです。ちなみに反対の意味の日本語は「盆と正月が一緒に来たよう」。あり得ないからこそ、こんなことが起こったら嬉しすぎますよね!奇跡のようなお話です。

 

美しい古語のまとめ

古くから愛されてきた美しい古語。今回ご紹介した古語には、四季の個性を味わってきた日本人の心が表現されています。

春夏秋冬それぞれの魅力や儚さを受け入れ、言葉にした古人たち。その繊細な感性にも日本人らしさが感じられます。古語からは、古風な暮らしぶりや古人たちの想いが想像できますね。

今は一般的に使われなくなった言葉も、時代を越えて現代の人たちの心を豊かにしてくれます。知れば知るほど奥が深い古語。成り立ちや意味を学ぶと、なぜ愛されてきたのかが分かる気がします。

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